『認知科学の発展3』にある金水・田窪(1990)で
朝鮮語の指示詞のことをあっさり一言そう書いてある。
「言語場に対して独立した談話構造が認められる
可能性が高い」と言う意味なのだそうだ、が、
それってナニ〜!?
言わんとしている現象は、すっげーよく判るねんけど、
これだけでは何のこっちゃワカランので、別の方向性で
一生懸命まとめようとしてるんだがなあ・・・
しじみはハリデーの大ファンだが、
ハリデーのテキスト言語学は、デフォールトの言語が英語だ。
そこで、たとえば、英語に冠詞というのがあって、
テキストの結束性にもっぱら貢献する役割を果たすのだけど、
朝鮮語の指示詞というのは、
そういうジャンルの用法がすごく重要だ、
ということを、なんでそんな風に言わないといけないのか?
と思ったんだけど・・・
よくわからんが、接続詞なんてのも、日本語や朝鮮語のは、
大体において、指示詞の派生語だと思うが、
もはやさしたる指示の意味なんかはなく、
言語場に対して独立した談話構造の構築に
すっごく貢献してるかもな。
指示詞の研究というとなんでか二人の人が会話してるのを
基本にすることを前提にしてるので、
それからすりゃあああなるのだろうが、
二人の人が会話してる時ってあまり指示詞使わないのん、
だって目の前のもの等の解り切ってるものって
実際には割とその物の名前で言うねん!
同定にかかる時間がもったいないからな。
でもなあ論文、昨日は授業に出られず、
先生にお話すら出来なかってすごく挫折感。
辛くて思いっきり大阪弁。大阪で育ったおんなやさかいな。