しじみ蝶の飛び方: 談話構造の独立性とは何ぞや?

2003年08月02日

談話構造の独立性とは何ぞや?

『認知科学の発展3』にある金水・田窪(1990)で
朝鮮語の指示詞のことをあっさり一言そう書いてある。
「言語場に対して独立した談話構造が認められる
可能性が高い」と言う意味なのだそうだ、が、
それってナニ〜!?
言わんとしている現象は、すっげーよく判るねんけど、
これだけでは何のこっちゃワカランので、別の方向性で
一生懸命まとめようとしてるんだがなあ・・・

しじみはハリデーの大ファンだが、
ハリデーのテキスト言語学は、デフォールトの言語が英語だ。
そこで、たとえば、英語に冠詞というのがあって、
テキストの結束性にもっぱら貢献する役割を果たすのだけど、
朝鮮語の指示詞というのは、
そういうジャンルの用法がすごく重要だ、
ということを、なんでそんな風に言わないといけないのか?
と思ったんだけど・・・
よくわからんが、接続詞なんてのも、日本語や朝鮮語のは、
大体において、指示詞の派生語だと思うが、
もはやさしたる指示の意味なんかはなく、
言語場に対して独立した談話構造の構築に
すっごく貢献してるかもな。
指示詞の研究というとなんでか二人の人が会話してるのを
基本にすることを前提にしてるので、
それからすりゃあああなるのだろうが、
二人の人が会話してる時ってあまり指示詞使わないのん、
だって目の前のもの等の解り切ってるものって
実際には割とその物の名前で言うねん!
同定にかかる時間がもったいないからな。
でもなあ論文、昨日は授業に出られず、
先生にお話すら出来なかってすごく挫折感。
辛くて思いっきり大阪弁。大阪で育ったおんなやさかいな。

Posted by nugunya at 2003年08月02日 23:16 | TrackBack
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