「昨日食べたミートローフ、あれはまずかった。」
この文でミートローフを指すのに、
日本語では、観念指示のアを使う。
[−文脈性][−現場性]ってな・・・
続けて、
「他にコーンスープも作ったけど、これがまたまずくて、
たまらない夕食だった。」
この文で、なんでコーンスープはコで指すのかねえ・・・
なんか話者の共感度が高すぎて独言みたいだが、
日本語会話では、こういう話ぶりの人も居る。
自他境界が不明確な人なのか!?と言うより、
そういう言語なのだよねえ・・・この人は、
聴者も強い共感を覚えるという前提で発話するのかな?
「昨日うちで食べたミートローフの事だが、
それは美味しくなかった。
その時、他にはコーンスープも作ってあったが、
それもまたまずくて、たまらない夕食だという
気持ちになった。」
聴者として、「俺の知ったことじゃねえ!」場合、
こう言われると、ホッするんじゃないだろうか・・・
[+文脈性]=not[状況指示]
not so subjective=objective かなあ?どうだろ・・・
ちなみに、ミートローフは、
私には美味しくないが、いつもの作りおきメニューだ。
ハンバーグの焼きたてと比べると寒々とした気持ちになるが、
やはり息子とその親父はモリモリ食べていた。
缶詰使用のコーンスープも然り。