やはり雑誌掲載論文はアレルゲンフリーがよろし
ラネカー先生がちゃんと「かぎを開ける」にも
対応した図をおまえもさぁ描け描けと背中押して
くださらんばかりの???
"grammatical traces of some 'invisible'
semantic constructs"(Language Science15-4,1993)
というのを発見したけど、途中まで読んだら
いくらinvisibleって言うても成立する条件がちゃんとあって、
손톱(手の爪)や발톱(足の爪)って言えても
팔톱(腕の爪) や다리 톱(脚の爪)とは言えないらしいのだけど
鍵を開ける動作主と鍵はまぁくっついてるし
その中間にはさまってるレベルって特にないから、
英語のようにも日本語のようにも言うこともできるんだろ。
「鍵を開ける」って、動作主の主観的な視点にもとづいた場面の切り方なのが
日本語らしい!?
別に、「どこそこの鍵」であることも動作主はわかってるわけですし
だから「どこそこの」を言わないことも多いのね、きっと。
でも
韓国語だけど「どこそこの열쇠를 열다」ってしてもすごい厳しい
열쇠(鍵)ってだいたい開ける鉄とかそういう意味らしいと
昔習ったし
「鍵が開いた」なんて日本語では結構言えるけど
自動詞構文にでもしようとすりゃあもう世も末かとか色々
ついつい考える
開くものはやはりドアー
しかし、なんだかなあ
気力もないなかはかどらないなあ
旦那様は例のウィルス性胃腸炎で寝込んでいるし
息子はまあなんとかやってるのだろうけど
心細さ爆発の見知らぬ多磨キャンパス生活
いくら知り合いもいないし
はかどらないからって
気分転換に
北原白秋の墓参りなんて行ってもしょうがねえよなあ
尊敬
してるんだけど