連休に息子をディズニーランドへ連れて行ってやれるのだろうか?
息子をドライブに連れ出してやり、
きれいな星空や
美しい海の広がる場所を
見せてやることができるのだろうか?
それとも
お肌にいい温泉にみんなで一泊旅行したり
空気のきれいなところで
水泳やら楽器の演奏やら
いろんな経験をさせてやるためにしばらく逗留させてやれたり
そんなことが
出来るようになると言うのだろうか?
そうして
息子も今よりもっと幸せになれると思うのだろうか?
足手まといだ邪魔だと朝から聞きつづけた
重たい心では
疲れて重たい体が動かせない
息子も起きないが母ちゃんがもっとしっかりしなければ
そういえば
どうしていつもこんなに体が重いのだろう
私にはわからないのだが
物的に豊かに暮らせなくてもいいからと思いもし
物事を学ぶことや何かできるようになることのため
時間とお金を費やしてきた
その私が学校を辞めれば
そして息子を保育所に預けて働けば
私は足手まといでも邪魔でもなくなることで
もはや重たい心をもたずに済み
そうすれば
自分も今よりもっと幸せになれると思うのだろうか?
いろんな価値観があることは当たり前で
だがもちろん何もかもうまい話ばかりで、という訳にはいかない
普通の大人ならいつまでも振り回される筋合いもないはずの言葉にも
ここ数年育児と家事で終日拘束されきって自分の収入源すらないのが手痛く響き
全身が揺らぐ
だけど今の私にこれ以上何が出来る?
好きな仕事をしたいからと言う
その引き替えに失うものが出来ることも納得してきたはずだった。
まだそこからほとんど時も経たない今、
私達にそのことば以上の一体何があると言うのだろう?
そして今日も明日も
この先ずっと
私が失ってしまったものが作るうつろさを
私自身でどう埋めていけば良いと言うのだろう
でももう息子を起こしてやらねば
そしてどうしても論文を最後まで書かなければ
ぜん息やアトピーの症状が
精神的な問題で悪化すると言うのはほんとうの話だ
母ちゃんも
よく知っている
息子の両親は
今日も夫婦喧嘩をしていた
去年の秋
息子の親父の会社勤めはあまりに忙しすぎた
一家三人で住んでいた社宅にも
そんな人は大勢いて
奥さん達はみんな
それなりにうまくやっていたのだろうが
母ちゃんの息子はアトピーがひどく
その年の夏過ぎからは毎日2回夜泣きもあったから
おっぱいを飲ませるやらアトピーの世話やら
親父の帰宅が遅いやら
気が付いたらほとんど寝ていない日が週に何日もある
母ちゃんだった
何が原因だったのだろう?
その前もその後も同じように同じようなことで喧嘩をするので
もう思い出せない
息子は風邪をこじらせていて
母ちゃんにもその風邪がうつっていたから二人はへとへとだった
息子の親父はだけど
過労で手首の神経痛がするという。
いつも帰りが遅く、
その分遅い出勤時間のギリギリまで寝て
やっと人間並みの暮らしだったから仕方がなかったふしもあるが、
母ちゃんと息子もそのあおりを受け、
周りのお家に住んでる、同じように仕事している人たちのとことは違って
いつみても母ちゃんまでくたくただった。
いつも
誰もが手一杯でできないままになっているささいな事を巡って
喧嘩が起きる。
でもその日を境に母ちゃんはその喧嘩に永遠に負けることになったのだ。
「あんたがどんなに育児や家事が大変だと主張しようが、
俺はこの手で仕事していかなあかんのやからなっ!!」
息子の親父が母ちゃんを突き飛ばしてそう叫んだ夜に、
いつも側で寝ていた息子のぜん息が始まった。
夜中に気配を感じて目を覚ますと、
その息子が
母ちゃんの枕もとで正座をしている。
そのまま横になっていたのでは
呼吸が
できないのだ。
辛かったのは母ちゃんもだった。
それから一年して、退職した会社の社宅を引き払って
私達は家族で東京に来た。
だけど今日
親が二人揃って大声で喧嘩してる間待たせたものの
母ちゃんと二人公園コースの散歩をしっかりして帰り
遅い昼食もそこそこに
息子は寝ている。
留守の間に親父は会社へ行ったらしい。
家では仕事が出来ないと言う。
母ちゃんには書きかけの修士論文がある。
息子が昼寝をしている間が勉強時間だ。
みんなも言うだろうが
母ちゃんもそれが出来たとて
どうなるものでもないこと位判っている。
だけど
息子が大きくなって
世の中のことが少しわかるようになったら
いつまでもただの学生でしかない
そんな母ちゃんのこともわかってくれはしないだろうか?
そうすれば
もう一人家族が増えてもいいかもしれない
だけど
母ちゃんたちはみんなまだ
これ以上のものを抱える余裕などどこにもなく
ただ必死になって日を過ごしてるだけだと
今日も思った。
不動前から五反田まで夜歩くと
なかなかいいので
とても良かった
『好みの風景』東京都認定第1号
高架の下を歩くとたのしいな
ソウル地下鉄新村駅からちょっと歩くと
同じようなところがある
っていうかソウルにはいっぱいそういうところがある
夜には高速道路の照明で空もオレンジ色になっていて
サイレンの音がして車がごうごうと走ると
獲得ポイントが上がるので
この認定ではあまり賛同が得られないかもな
そして
私の居る高架の下側が
すこしさびれているのがとても良いです
さびれ具合にこだわりが
これでもいちおう女なので
危険のない場所ではあるべきです
今後も認定活動をつづけるために
夜間散歩にはげもう
大阪では
梅田から天六まで
バイトを終ってから歩くと
とても良かった
なんか落ち着くので
息子をその近くの病院で産んだ
しかし家から意味不明に遠かった
産気づく直前も
病院の窓から景色を眺めて
母ちゃんはとてもご満足
この母ちゃんでもすごい安産だったから
意義深い遠さだったはず!
物事に不慣れな自分の姿を
好奇心で乗り越えられなくなり
不便さにくたびれてばかりなのは、
年のせいか!?
子供の服とかその親父の靴下とか
道もわからない店に電車で買いに行くと
面倒なので息子を置いて出た。
しかし
見慣れた売り場じゃないだけで
どんどん買う気力がなくなっていく母ちゃん
どこに何があるのか知る作業すらめんどくさい気が・・・
行きなれたスーパーじゃないので
毎日必要以上に売り場をウロウロして
すっかりいい運動になってしまっており
泣きそうになって息子と荷物両方を抱いて帰る母ちゃん
日常の買い物とかは条件反射で出来ないと
どうも無駄が多い
結局大したものは何も買わず
家にあるカタログ見て通販で買うことに
帰ると息子がすねていて
ご機嫌をとるのが大変だった
不動前から五反田の間の高架の下を歩くと楽しい
夜になると景色がオレンジ色をしておりとても好みの風景
自慢じゃないが米とかトイレットペーパーも通販で買っている
散歩で気分転換というより
要るもんが最初から細かく決まっているため
買って帰りたいのに買えない
嗜好が硬直した訳でやはり年なのだ
息子がおおさかをおぼえた
一緒に電車を見に行くが、電車が行ってしまうと
「あ〜あ、おおさかいっちゃった!」
電車のおもちゃが隅っこへ入って出てこなくなると
「あ〜あ、おおさかいっちゃった!」
挙句の果てに退屈したら
「母ちゃんおおさか行きたいねえ!」
私も行きたいのだが、
前に住んでいた社宅には
もう二度と帰れませんわな
上京当時参加させてもらうことをのぞんでいた
朝鮮語研究会の定例会というものに今月も行かず
朝からデジカメ写真の整理をして
ものすごくセンチメンタル
それはいいのだが
夕方以降息子のご機嫌取りに両親とも疲れ果て
台所がそのままになっている
ああこうゆうふうに現実に引き戻されるから
さらにおセンチになるのだわ
ミカンの標準的な食べ方
Banfield(1982)うちから一番近いところにあるのは
なんとフランス語訳だった
Phrases sans parole : theorie du recit et du style indirect libre
↑こんな書名になっているぜ!
ううっ・・・大体意味がわかると豪語したのでは嘘になるな
(注:原題はUnspeakable Sentences)
ところで
うちの息子は果物が好き
とりあえず冷蔵庫の前で
最近美味しかった果物の名前を連呼するのが日課
そうすると
何かもらえることが多いと感じているのだろう
ちなみに
彼のミカンの食い方はとても汚く
洗剤をボールドかアリエールにしたくなる
いや
でもねお肌が弱いのよ
今そんなことはどうでもいいのだ!!
東京は何でこんなに雨の日が多いのか
連日のくたびれもあり
レインコート着せるもめんどくさく
つい朝から家に居させると息子は退屈でしかも動きが足りず
ほぼ一日中「遊んでくれ!」といってくっついていた
なんてこった・・・
結局夜七時半過ぎにたまりかねて
レインコート着用で外出
しかし果物屋さんも閉まっており
彼は念願のミカンもなく・・・
ところでフランス語だが真面目にやればいいのに
ついバカボンのイヤミさんのことばかり考えてしまうので
いつまでも身につかない
今朝新聞のチラシを見たところ
ヤマザキのパリジャンのパッケージが変わったな。
あれを一本食べると昼食として満足だった。
人には見せられない光景だったのでこっそり食べると尚美味しいような・・・
あ、今そんなことはどうでもいいのでしたなっ!
東京だが一ヶ月住んでわかったことは
関西の方が女が強いということ
それはつまり女が女らしく生きることがしやすいということ
母ちゃんの好きな研究をしている人たちは
ジェンダー論でも女性学でもなく
言語学者なんだけど
すごい比率で女の人がいる
あの人たちは一体どうやって暮らしているのだろう?
まあここは極東で世界の田舎だから仕方がないか
毎日まっとうな母ちゃんは
まっとうに学業を成就させたいので
もう毎日フラフラなんですけど
地方の人は遅れているかどうかは判らない
遅れた人も大量に抱えているのはまあ確かに地方の方だろう
でもね人間子供を産んで育てたりすることは
男女問わずむしろあたり前の事ではないかな
まあ
東京の方が流れが急だからか
仕事に没頭して一人で生きて頑張る人以外は
女はまっとうに母ちゃん兼奥さんやってろ!と言われんばかりです
関西ローカル丸出しのイモ姉ちゃんは
男でも女でも人間が
年齢に応じて求められるあたりまえのことをしながら
何かがきちんと出来る生き方を目指すことに対して
社会も力を貸して支えてくれると
その社会に自分も貢献できるように生きるのがまっとうなんだと
ずうっと思ってきたけど
常識とは場所によってちょっとずつちがうものらしい。
しかしね、
私は別にまっとうに母ちゃんだよ
だからフラフラで絶望的なんじゃないかあ・・・
だってさ、
まっとうに学業を成就させることはもちろんやらなきゃダメなんだし。
おかげさまで疲労困憊による体調不良が続く。
はかどらないで延々くだらない愚痴がこぼれるのだよね
ああ
東京にせっかく来たのだから人形焼と言うのを
ストレス解消に食べてみたいとずっと思ってるが
卵・小麦アレルギーの息子が欲しがって泣くだろうし
買えもしない
太っても困るしまあなんとも親孝行な息子だ
今日も公園コース
息子は家で「砂場遊びは楽しいか?」
と聞いたら
満面の笑顔で
「ワクワク!ぼくワクワク!」と言う。
・・・
彼は砂を掘るとワクワクするらしい。
(ほんとにそう言いたいのだろうとここは断定。)
・・・
ああ母ちゃんは授業に出たい。
自分の研究だなんて言うのも
おこがましいような事もあるのはあるのだが
そんなことにぜ〜んぜん何の関係もない
昔の朝鮮語の本をみんなで読む授業が
母ちゃんはとても好きだった。
先生方のお部屋にはたくさん本があって
どの本も何かとても面白そうで
でもそんなことよりも何より
とにかく90分静かに俗なことを考えずに済むのが
救われる気がしていた。
だって母ちゃんは俗世の生業が辛いのだもん。
同じ理由で図書館が好きで
前からよく子供を連れて行く
でも子供がにぎやかで
怒られたりもして幻滅しつつ
さりとて自分は何の本もちゃんと見られもしないのだが
だから洗足図書館コースは公園コースより
よほど満足なのだが
子供は何しろまっすぐ歩かず
大人の足でも片道15分
ああ遠い
でも学校はもっと遠い
・・・
昔の朝鮮語だがなんか母ちゃんはセンスがなく
でも昔の英語の珍訳に自ら涙したときよりは
それでも多少マシだったような・・・
昔古文漢文は超得意だったのに
ラテン語や古英語はあまりにもひどくて
俗世の生業を一時忘れるどころか自分に落ち込むだけだった
西欧の昔の人が言いたいことって大概まったく予想外なのだよねえ
gesta romanurumとか今の英語訳見てもなんか変な話
いつかあれのnarrationを分析したらいいとは思うけどなあ
・・・
ああその、いつっていつだろう?
結局
自分自身の今後の展望が描けなくなり
何ヶ月か前と全然違う性質のまっとうさを
周りの人に求められ
情けないやら哀れやら
何とか気力を奮い立たせて雑用を片付け
図書館に行き
様子を見てたった何分か
参考文献にする小説テキストを探しに大人の本コーナーに居ても
子供が図書館のおもちゃを車に見立てて
床の上をはいはいで進んでくるので
図書館に来た人もそりゃまあびっくりだろう
彼は常に
土足厳禁コーナーからはだしで出てきてるしな
家に帰ると泥んこの土足で部屋に上がるのにな
っていうか
靴の着脱はいつごろ自分でやってみたくなるんだろー
夫婦肺片メチャ美味い!
息子が鱈のトマト煮を見て
「辛〜!」と言う
赤い=辛いというインプットがあるらしい。
母ちゃんの子供の頃はそんなことなかったぞ!
ゼッタイに!!
図書館で中華料理の本を借りたのに
四川料理(なのだそうだ)の
夫婦肺片は載っていなかった
でも作り方まで
ネットで簡単に見つかる始末
なんやねんな
口袋豆腐の作り方も今度ネットで調べよう
っていうか今夜ははかどらないから
論文作業は一旦置いて寝るほうが
いいような気がしてきた。
息子と図書館に行って、
『あそびのおうさまずかん ペット』(学研)
という本を借りたのが災いして
真夜中に一人完全に気持ち悪くなってしまっている。
その本、ほんとに色々な動物さんが載ってて
どろだんごと見まがうような
とっても大きなダンゴ虫、メガボールの
お写真も載せてあった。
何でも丸くなることができるヤスデの一種で
ペットにしても飼うのが難しくて
あまり長生きしないらしい。
でもマダガスカルのは七cm!
掌の上でダンゴ虫がゴロンゴロン!やでぇ・・・
それはそれとしも
実はマダガスカルの虫は他のもメチャ気持ち悪い!
すごーいゴキブリ!
何でもつかむとキーキー泣くらしいが、
そんなの嫌だよ!
母ちゃんがキーキー泣いちゃうよお。
っていうか
メガボール君もだが
大体
こんなのペットにしないでよぉー!!
っていうか
マダガスカル、
一体どんな所なんだ!!!
もう気分悪くて論文できないよお・・・
今日は朝から図書館に行って
でも
息子の昼寝がたったの一時間で終るし
夜はお出かけで
先行研究1コまとめるのすらできず
ううう・・・
昨日の晩に読んだ話
Point of view and discourse processing
Wiebe(1999)
Banfield(1982)の実証?
この先生の他のとこにある論文は見たけど、
それが実はBanfield(1982)はよく知らない。
ふう・・・
他の用事が忙しすぎて超不勉強でとってもイライラ。
この先生の言うてはる視点の切り替わるポイントと、
固有名詞、代名詞の使用との関係という話はちょっと面白い
他のとこにも書いてはったけどな。
代名詞による照応があるのは
視点が切り替わっていないことの傍証になるってねえ
例文が、まさにこれは、ああちょうどいい話!っていう感じだ。
やっぱこういう例文がいるよねえ・・・(転載・・・)
Dwayne wasn't sure what John was scared of.
What in the arcade could scare a boy like that?
He could see tears in John's eyes.
He could tell they were tears because his eyes were too shiny.
Too round.
Well, it was all right to cry.
He'd cried when they took him to that place a few years back.
Now John was in a new place too.
Maybe that was why he was crying.
"I want to leave," he said.
最後の文だけが客観的ナレーションで
のこりはDwayneの主観的ナレーションと言う話。
拙者の(=_=;)最終発表会のときにも
3人称観察者視点で書いた例文に
ヘッジ付きで主観的ナレーションを入れて、
そこでダイクシス表現を使わせたら
その説明なしで話をすすめたのがまずかったみたいで
あとからそのことで先生がご指摘くださったけど
このことですな。
一人称主人公視点だと
視点の切り替わりがあっても、
同じような事は言えないんだよねえ・・・
やっぱ
三人称観察者視点は文学的だよねえ
ちなみに
きょうびのインターネット小説の特徴は
一人称主人公視点の日々の雑感、日記形態ということに
収束できると言う事になるらしい
実際確かめてみたわけではないが
どうももらったお薬が合わないのか
風邪薬一式を朝飲むと
起きてすぐなのにもうどんより眠いし
初日からいきなりお腹をこわしてしまったし。
しかも良くなるどころか
逆に食欲がすっかりなくなってしまい、
めずらしく残飯が出来てしまう。
こんなことってアリ?
おかげで毎月10日締めの
区立保育所入所願書を今月出さず終い。
でもまあいいや、今手を広げても
リスクが大きくなるだけのような気がしてるので
一瞬でもためらうときは
止めておく事も悪くはないかも知れん。
っちゅうかどうせ途中入所は入れんしな-_-;
コドモは元気にしているので
熱で体があちこち痛いのに一緒に
サンポ兼買い物に出て
でもあちこち行きたがって駆け出すので
結局
抱っこして帰る
うぅ・・・論文が・・・
と思いはするが
かといって家事もはかどらん位のときに
論文を優先するわけには行かないですな
どうしても気になるねんけどね
最近の見てみたい映画なのだけど、
25歳から45年間教導所の転向囚で暮らして、
70歳になって特赦で釈放されて、
その間ずっと待ってたお母さんに会ったら、
どんな話をするんだろう・・・
これはでも、
本当の話に基づいて作られた映画なのだそうです。
予告やら映画評を見てましたが、
主人公の김선명氏のセリフが大変良いです。
ちっちゃいけど人間的な自転車屋さんって
どんなのかやっぱり判りません
私は別に赤い人でもないから
理想をステキに言うとそうなるかもねとしか・・・
でもここまで
信念を貫くと言うのはものすごいことだと思います。
生き続けていることがすごいよね
近代文学の主人公は他方やたらと死にます
登場人物の
崇高な死を以って人間性を描出すると言うような
金東仁のでも
붉은산の主人公の怖いおじさんの荘厳な死に方でも
감자の복녀のケダモノ生活が破綻して死ぬのでも
なんか
死んじゃう事が一番そのヒトのまともな人間らしさを
描出してるというようなのが
母ちゃんは近代文学の一流の手法だと思ってしまう
それはでもfictionの一技法なんであって
現実がそんな風な訳はなく
きょうびの怖い事件の渦中のヒトたちは
そんなテレビドラマや何やに触れすぎて
感覚ずれちゃってるのかも
ある意味、
そこで称えられている
人間らしさに憧れを感じる気持ちは
判らなくもないけどね
45年は長い・・・
日本でも上映されるといいな
それでも最近読んだ小説の中で
一番感動したのは申京淑の전설だった。
思えばその昔に、
千日前の弥生座と言う映画館に
고래사냥がかかっていたので、
ひとりで観にいったときに、
憶えたスッキリ感。
日本人でもわかる한풀이のある芸術作品と
言えばいいのだろうか、
韓国の何かそう言うのを読んだり、聴いたり、観たりすれば、
母ちゃんは、ただ単純に救われるのだ。
韓国のでも全部が全部そう言う訳ではなく、
かと言って、日本のはあまりそういうのはない。
でも、전설はなんか話に乗せられてしまう。
それで、あの小説には한풀이性がちゃんとあって、
人にはメロドラマに弱いのかといぶかしがられるが、
私はそう言うのが好きなのだった。
最近、韓国ものが好きな日本人は、
なんでそうかって、きっとこのせいじゃないかな!?
・・・
ああ、でも、日本人ってすごく偉い人は呼び捨てで、
〜ソンセンニンってつけないのよね、
また普通に書くと、普通に敬称が落ちていた。
(すでに条件反射で飛びのきモード、身構え中。)
日本人がフルネームで呼び捨てするのって
偉さを示してる場合もあるんだけどね・・・
(例:宮沢賢治、松尾芭蕉、等々)
空いた時間に論文をしながら、並行して、
一生懸命小説の指示詞の分析をやっている。
今の暮らしはまだぎこちないせいかあまり余裕がなく、
学業に何の意味があるのか、
自分でもよく判らなくなる時がある程だ。
そのせいかやたらと、
その、分析対象の小説の中身に
ほれぼれとしながら暮らしている。
文学は人間に必要だと言うのは
確かに一理あるかも知れないわー
申京淑の小説はいっぱいありすぎて、某掲示板で
そんなんないわ!言われてしまったのに、
なんだか返事をする気力が未だにない。
(すでに飛びのきました!?合掌。)
今日は貴重な時間を病院に使い、風邪薬をもらう始末。
今回もらった薬で完治してくれ頼むーって感じ。
だって病院行くのも面倒なんだもん。
それで最近知ったが、この小説は邦訳すらある。なんと。
風邪を引いた。
連日きちんと子育てをしながら、
なんとか時間を作って学業を続けようという、
根性の要る作業に、体が負けてしまったらしい。
東京に来る前に、指示詞の分析のために読んだ
金東仁の감자という小説のあらすじが
熱にうなされて夕方へたりこんでいると
ぐるぐると頭の中をまわっている。
ここは何だか복녀のやって来た칠성문 밖か何かの様で、
しじみはどうしてもどう考え直しても、
東京の人たちがきっと厳しい暮らしをして来て、
ああするんだろう、
醜く思えて仕方のない言動を拒絶してしまうのだ。
母ちゃんのお家は、
子供もアレルギーがまだあまり治っていないし、
子供のお父さんも新しい仕事についたばかりで、
今はまだ、何もかも欲は出せない。
ただ、みんなが健康で暮らしていけることをまず、
きちんとやろうとすれば、
慎ましく暮らすことをやり続けるしかないのだ。
だけど、ここの人は浅薄なのか?
それとも誰か新しい人が来たら全力で押さえつけて、
とりあえず勝ちたいとか、
そういう競争心に溢れてるかなんかなのか?
私はとても한심스러워서がっかりしてしまった。
私達がこれから暮らしていくところが、
もっと素敵なところだったら良かったのに・・・
東京の人が反射神経的言動で意地悪なときに、
母ちゃんの方も、危害を加えられるかも知れん!と思って
とびのく習慣がついてしまったら、
それは人間として良くないなあとは、思うのだが、
なんだかその位、いやらしい出来事に度々あって
安全ということについてばかり考えるようになってしまった。
なんだかなあ・・・
감자の結末はなんとも言えないけど人間的なもので、
私はあの小説はすごく好きだ。
私が近代文学が好きなのは、ああ言う小説があるからだ。
行間に人間的良心か何かがあふれているような気がするから。
衆議院議員選挙があるらしい。
連日テレビに出てくる候補者の人たちは、
みんなトーキョーの言葉で喋る
ちょっと若手のライトなお人柄の面々ばかり。
あんな軽い感じである方が受けるのか?
東京の女の人はみんな
小林総美か渡辺美佐子か
とにかくそんな貫禄あふれる江戸前な感じなのにね。
・・・
関西ではもうちょっと重い感じの人の方が人気がある。
お年を召された方はいかにも「重鎮!」って感じやし、
若くてもなんかこうまったりとした・・・
小米朝さん(実はモーツァルトらしい。)
と
志の輔さん(よく知らん。)
文珍師匠(東大阪で作ったロケットで宇宙に行く予定)
と
小朝師匠(よく知らん。)
この違い???
でもね、俺達は転居したてなもんで、
不在者投票で大阪16区の人を選ぶのさ。
ちょっと前に、
投票所入場整理券っていうのが郵送されて来た。
その裏にある宣誓書っていうのを書いて送ったら
今日、はるばる堺市の選挙管理委員会から、
不在者投票セットが届いたさ。
俺達は転居したてなもんで、
めぐろ区報にある不在者投票所のうち、
どれが家の近くかも判らないぜ!!
いぇいっ!!
しかも候補者演説とかポスターとか、見てもないぜ!
ま、しかたないから、
いっぺん行ったことのある目黒区庁に
ずっと乗ったら渋谷というところにいけるバスに乗ってって投票して、
その、渋谷というところに、行ってみよーじゃないの。
社会見学。ああ論文書かなきゃね。