しじみ蝶の飛び方: 2005年07月 Archives

2005年07月24日

あれこれ誤解のないように♪

いろいろあるが
元気出して頑張ろう、というかそうするしかないので
なんとかやっているよ♪
・・・昨日の話は、
MPIの言語習得に関するプロジェクトのうち
"event representation"
目の前の事態をどう言語化するかについての
対照言語学的な考察に関する発表にもとづいている
のだけど
元の話は、"cutting and breaking"
つまり、切ったり割ったり裂いたり壊したりしている
色んな画像を見て28の言語の話者
(と第一言語として習得中の子供)がどう言語化するか
という実験に関するものでした。
詳細はMPIのアニュアルリポートを検索すれば読める。
何年間か続いてるプロジェクトのようです。
うーん・・・
それが、その発表もウォーフの仮説については
昨日の話程度の関連性しかなかったんだよね。うーん。
タクソノミー・・・ちょっと違う話のようで、あまり違わない。
(すくなくともわたしにはそうみえた)

ところで、ぶっ壊すは複合動詞?
まあいいや・・・それは最近レポートに書いて出したから。
源氏物語なんかすごかったぞ
「うちおとなびる」なんだいそりゃー(誤解のないようにplz)

しかし、全く自分の遊びをやらないで帰ってしまった。
心に穴が開いているので。へっへっへ。
東大門運動場に連れて行ってもらったりもしたが
買い物する気力もなかったよー
なんかね、どんどんと、
感傷的な気分になってゆくのよね。
そして、家に帰ってから、
がつーんと、嗚呼、遊ばなかったな〜〜〜と。
ま、でも、忙しくもあったから、仕方ないね。
子供と動物園には行ったわけだし。
また買ってきた本や論文のタイトルを
まとめなくちゃ。
うーん・・・

Posted by nugunya at 10:54 | Comments (0) | TrackBack

2005年07月23日

日本と韓国とウォーフとタクソノミー☆

韓国に行ってきてしまった。
しかも国際認知言語学会2005にも。
会場の延世大学は新村駅の近く。
・・・
さて、ここで、
韓国人・日本人の鉄道に関するタクソノミーと
サピア=ウォーフの仮説について、
学会で聞いた話を元に再構成するとどうなるでしょう?

・韓国人は、「レールを走る乗り物」が電気を使うかどうかで
기차(漢字は汽車だけどディーゼルエンジンを指す。)と
전철(漢字は電鉄。地下鉄はこれの下位区分。)
を弁別している模様。

・一方日本人の鉄道に関するタクソノミーは、
韓国人と同じ体系をもっていない。多分大体こんな風。
汽車=機関車?年を取っている人以外は機関車のことだろう;
電車=電気で地上を走る(が、実際はディーゼルエンジンも含む);
地下鉄=電気で地下を走る(ま、電車の下位区分でもあるだろうが)

それなら、日本人に比べ、韓国人の方が、「レールを走る乗り物」が
「電気で走る」かどうかに対して、より強い興味・関心を
示すだろうという予測がたつ。そして実際その通りであれば・・・
→「言語は話者の認識を規定する」という
(サピア・)ウォーフの仮説に従う?

・・・
いや、私はよく知らないよ、そんな事(爆)
面白いのは、そんなこと一切知らない外国人でも、
違う体系をもつ語彙を使って話をして
特に問題なく意志の疎通ができるということと、
それなら、
首尾一貫性をどうやって構築してるのかという問題だけ。
地下鉄新村駅と国鉄新村駅があってさ、
みんなが
国鉄の方を「キチャ」といって、
地下鉄の方を「チョンチョル」というから、
ふーん、なるほどねぇえ、と・・・

いやー長い。暇なんだか、整理できないだけなんだか。

韓国に行くとみんなが「げろげろ」「ぺっぺっ」と
やっているので
なにも「私で」恨を晴らすことはないと思います!
ってなんだかうら寂しい思いもした。
けど、そういう人の方がやっぱ落ち着くと
帰国して早速思った次第であった。
あっはっは

Posted by nugunya at 23:27 | Comments (0) | TrackBack

2005年07月15日

そうかぁ♪

東大に勉強しに行った。
メルロ=ポンティとかそういう人たちみたいに
「ある言語で伝える意味は、
その言語が使われている土地に住んで
空気まで共有しないとわかんない」
っていうふうにいわれてしまうと
対照言語学の目的意識の持ち方とか、
言語現象における普遍的含意特性を調べる意義
って何なのかとか、もう、わっかんないことだらけどす

ま、詩的言語なら言語の勉強してもない
外人がわかんないのは仕方ないんで、
ヤコブソンでも勝手にしろというか
私もフランス語なんて一言もわからへんしというか(!)

それはさておき、風邪を引いたのですごくしんどい。
朝開店早々漢方薬を買いに来た客に薬局の人も驚いていた。
医者に行って待つのもしんどいんだよね

ところで、

内場は、珠代に作った金を贈った。

というあいまい?な文だが、例えばこういう文連鎖、

花子は、お金がないのといった。
内場は、珠代に作った金を贈った。

正しい解釈は「花子に金を贈る」というもののはず。
こうさ、動詞句の中身が全部出揃った形、
項構造や句構造規則で下から解析可能な形って
自然言語の姿はこうだ!みたいなのとは実際ちょっとちがう

内場は、珠代に作った金を騙し取られた。

うん、珠代にだまされた。これ以外はないかな?

花子はお金はどうしたの?といった。
内場は、珠代に作った金を騙し取られていた。
どうしようもなかった。

これだと?私はあいまい性の解消法が知りたい

いろいろ考えた挙句、やっぱり面白い
自然言語処理。
つくづく向いてない文学。
私には芸術家的な自意識があまり無いわけ。
金もないし

Posted by nugunya at 01:22 | Comments (0) | TrackBack

2005年07月06日

你の辨当

一昨年大連に行ったとき
「的」を「の」と表記するのが流行っていた。
日本式弁当屋さんの看板も
『你の辨当』って
「の」が・・・というか、「の」だけ日本語で
ものすごい微妙な感覚、ま、弁当も日本語だけど。
・・・
雑誌『国語学』は
名前が『日本語の研究』に変わったのだそうです。
「の」が
なければ『日本語研究』
うーん、ちなみに、
韓国語の漢語動詞は
一般に漢字2字熟語+하다
で目的語をとって
英語を勉強をする〜みたいに二重対格(?)構造をとれる。
ああ、
それは日本語だと「英語の勉強」になるよねぇえええ
うーん、
『日本語の研究』に「の」は要らんような・・・
だけど、日本語를研究를 한다고 하는건가요?
ならば、それなりに妥当な決定なのかぁ・・・

否、単に漢字語と漢字語の間に「の」を使うから
妙な感じがするだけよ、多分。
じゃあ、英語勉強でいいか?なんていわれても困るだろうが
雑誌『英語の青年』
っていや、それはやめたほうが・・・
『文芸の春秋』こっちはいいのかよ
『毎日の新聞』(爆)

普段余り行ったことのない
研究会や学会のようなものに
今年の上半期はけっこう真面目に
参加している。
ふがいなさにヘコむ日々なり〜(泣)

Posted by nugunya at 00:13 | Comments (0) | TrackBack